「子どもたちは見てますよ」と言ったベテラン講師の話
わたしがSAPIXで新人だった頃の話です。
4年生の授業が終わった20時すぎ、講師室で数人の先生が雑談をしていました。
「子どもたちが出した家庭学習、何かコメント書き残してる?」
「私は書いてないですね。日付とサインだけです」
「返ってきた家庭学習って、別に子どもたち見てないですよね~笑」
そんな感じの何気ない会話でした。わたしはその輪の中にはいませんでしたが「ぜんぶにコメント書く余裕ってないよなあ」と思っていたので、すこしホッとしてしまいました。4年生は(当時)1ブロック50人位いたので、授業前の約30分では目を通すのが精一杯だったのです。
そのとき、ベテランのA先生がやってきました。A先生は50代くらいの男性で社会科担当、温和な雰囲気ですが、講師室ではめったに喋らないタイプでした。そして
「子どもたちは見てますよ」
「返されたコメントを見ていないのは、見るようなコメントではないからですよ」
と言って去っていきました。
雑談への思わぬ横やりにちょっと空気が変わりましたが、あまりに説得力のある言葉に、その場にいた誰もが言葉を失いました。雑談に割って入ることなどめったにないA先生だったからことも相まって、そのメッセージには重みがありました。
A先生はその年度の2月にご異動されました。
わたしはA先生と話す機会がほとんどありませんでしたが、授業を受けた子たちに聞くと、どのコースでも生徒たちの心をつかむ授業をされていたようです。知識や技術はもちろんですが「目の前の子どもたちと向き合う」姿勢が、子どもたちの心をつかんだのだと勝手に推測しています。
わたしはその後、子どもたちが出してきた家庭学習にできるだけコメントを残すようになりました。
間違えた漢字とか記述のミスを指摘することもありましたが、それ以上に「あなたの頑張りを見てるよ!」と伝えるためです。頑張っているポイントはみんな違うから、コメントも自然とみんな違うものになります。コメントを見てくれない子がいても、いつも何か違うことを書き続ければ、だんだんとその子だけに届くものがありました。
時が経ち、SAPIXでの授業に慣れても、わたしは家庭学習を見るときにA先生の言葉を思い返していました。「子どもたちは見てますよ」という一言は、自分の中に思っていたより長く残り続けています。

